Dr.Kの挑戦(創刊号)後手に回る医療はやめよう

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崖の下で落ちてくる人を待ち構えている医療はやめて、崖から落ちないように支え、崖から落ちかかっている人に対しては崖上に引っ張り上げるような医療を提供し展開したい。

これがごく平凡な勤務医をクリニック開設へ気持ちを突き動かし、大きく舵を切らせた動機です。確かに医療は崖下に落ちた人を救うべく様々な医療技術や治療法を発展させてきたという歴史がある。それゆえ事後措置的な医療を展開する安全網としての病院の役割・機能は非常に重要です。そういった下支えをする仕組みの上で安心して毎日の生活が送れているという側面は確かにある。しかし、いったん崖から落ちてしまうと元の位置まで戻れないのが現状であり、特に高齢者医療に関わった直近の5年間は毎日のように崖下に落ちてゆく人が出現し、そのたびに医師として最善の努力はするが、毎日敗北感・医師としての無力感・違和感の連続でした。

飛騨の山奥の里山の自然の中でのんびりと時を過ごし、将来はカナダの森林で針葉樹の研究をしたいと模索していた青年(最初に入学したのが農学部の林学科でした)が、畑違いの医学の道を志し、早30年近くが経過しました。

10年遅れで医学部に進学し社会に微力ながら貢献しようと、いろいろな領域(大都市の中核病院での先進的な医療への参画、地域医療、産業衛生、高齢者医療等)を経験する中で、遅ればせながら自分の果たすべき使命が見えてきました。

10年も遅れて医者になった老体に何ができるのか、将来有望な青年の医師への道の機会を奪ったなど、世間の目は冷ややかでしたが、一度社会人を経験した人間には、順調に医師への階段を上ってきた優秀な人たちとは一線を画して、現在の医療の諸問題を俯瞰することができるようになったと自負しています。

地方の野戦病院のような市民病院で働いていた時に感じていたのは、自己犠牲的な精神論で献身的に仕事をする同僚たちを見ていて、医師の鑑として見習わないといけないと思いつつ、そんな働き方をしていたら、いずれ身体的にも精神的にも疲弊してしまうだろうと予感していました。

案の定、地方都市で高齢者医療に関わっているときに、毎日のように発生する高齢者の急変に対して、セーフティ・ネットと考えていた高次の医療機関から受け入れを断られ続け、勤務医たちの疲弊している姿が電話口の息遣いから敏感に感じ取ることができました。

現在、勤務時間ばかりに焦点を当てた医師の働き方改革が有識者の間で議論されていますが、自分の経験から痛感するのは、医師という存在はある程度自己犠牲もいとわない献身的で高い倫理観をもって日々の仕事に邁進している集団だと考えている。長時間労働からの過労死やメンタル不調から自ら命を絶つ医師たちが後を絶たない現状には同業者としてとても気の毒に思うとともに、使命感を持って業務に専念された姿に頭が下がります。これ以上優秀な人材をなくすることは大きな社会資源の損失であり、何としても回避しないといけないと思います。今後の働き方改革の流れに大いに期待したいところです。

ただし、忙しくて燃え尽きてしまいそうになった自分の勤務医時代を振り返ってみて、健康を害さないで何とかやってこられたのは長時間労働の中でも、同僚やスタッフのねぎらいの言葉や配慮があったからだと感謝の気持ちでいっぱいです。

このような中で一開業医となり、医療の入り口のところで疾病の発症と重症化予防をすることが、医療の最後の砦で自己犠牲的な精神で働き続ける勤務医の疲弊をきたさないことに多少なりとも貢献できると勝手に解釈して日々の診療に取り組んでいます。

 次の号以降でさらに詳しく今展開している医療・今後展開していこうとしている医療について順次報告していきたいと思っていますのでご期待ください。