Dr.Kの挑戦(第2回)勤務医の働き方改革

 崖から落ちる危険性を減らして、崖上に引っ張り上げるような医療を展開したい。

 こんなことを第1回で取り上げました。生と死の狭間でわが身を犠牲にして奮闘している勤務医からは、何をのんきなことを言っているのかとお叱りを受けそうです。かくいう私も地方の野戦病院のような病院や大都市の大病院の勤務医の端くれとして、崖下に落ちてくる患者さんを待っている医療を経験しました。

 そのなかで救命の最後の砦で働いているという、医師としての矜持と自己高揚感に浸るばかりでなく、毎日が敗北感に打ちひしがれる連続でした。もともと医療は患者さんが体調を崩したことに対して事後措置的に発展してきたものと考える。そこで、崖下で待っている医療、いわゆる事後措置的な医療は、患者さんの最後の命綱・セーフティネットとして非常に重要なポジショニングであるが、崖下の医療は患者さんにとって不幸な転帰をたどりだけでなく、医療者にとっても疲弊につながる危険性を孕んでいると身をもって経験した。

 以前、確か“ガイアの夜明け”というテレビ東京系の番組で、地方の病院の救急外来を舞台にして、救急担当医たちが効率的に働ける医療システムを構築しようという、ソフト開発会社のシステムエンジニアたちの奮闘を紹介していた番組のある場面にとても強い違和感を感じたことを覚えています。患者対応している医師をサポートする他の医師たちを、あたかも暇を持て余しているかのように捉え、その医師たちを将棋の駒のように、いかに効率よく配置し動かすかをシミュレーションしようとしていたのです。医師のとっては、そのようなファジーな時間が医療戦略を練るうえで非常に重要だと感じていたのですが、異業種の人たちにとっては無駄に時間を浪費しているととらえている感覚に、吐き気を催すくらいに強い違和感・嫌悪感を感じました。そのような一般人の感覚が、いずれ最前線で働く勤務医たちの疲弊を招き、医療崩壊につながると危惧していました。

 また、地方都市で高齢者医療に関わった5年間、毎日のように発生する施設入所者の急変に対して、医療資源に乏しいクリニックでは対応できず、高次の医療機関のバックアップが何よりも救いだったのですが、急変者の入院を断られ続けることもあり、途方に暮れるとともに、電話口での先方のため息に勤務医の疲弊感をひしひしと感じました。勤務医の負担を軽減して疲弊させないようにしよう、これがクリニック開業へと大きく舵を切るように、医師としての矜持を揺り動かした一つの端緒です。

 厚生労働省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」では、年内に一定の結論を出すことを目指していたが、時間外労働時間の上限規制適用による医師の引き揚げや、複数医療機関で勤務する場合が医師には多いことなど、地域医療提供体制に及ぼす影響への懸念が医療団体の構成員を中心に根強く、年明け以降も引き続き議論を続けることになりました。

 長く医師の自己犠牲的な働き方に大きく依存してきた現在の医療供給システムに大鉈を振るうことに対して、軋轢や抵抗勢力があることは容易に予想がつきます。来年以降も議論を尽くして、患者にとっても医師にとってもハッピーなシステムを是非構築されることを祈っています。

 長時間労働によるメンタル不調や自殺に焦点が当てられているが、解決策の基本は勤務医と開業医の明確な役割分担にあると考えます。最前線の開業医が疾病の重症化を防止すべく、先制攻撃的な予防医療・投資型医療を展開して、臨床研究や基礎研究の合間に崖下で任務遂行のために待機してくれている勤務医の疲弊リスクを可能な限り減らすように努力を重ねてゆくことが重要であると考える。その実現のために当面必要と考える3つの柱について、次回以降展開してゆく予定である。