Dr.Kの挑戦(第6回)医療は投資である

医療の再定義

 そもそも医療とは、人間の健康の維持、回復、促進などを目的としたさまざまな活動について用いられる広範な意味を持って使われていますが、当院では、「医療は投資である」という医療を啓蒙し模索しています。「医療は治療である」ことは当然であり、何の違和感もなく理解できると思いますが、病気に罹患(平穏な日常生活という崖上から入院治療という崖下に転落)してから始まる事後措置的な治療は患者さんの救命率の向上に大きく貢献してはいますが、その後のQOL(人生の質、生活の質)をいかに低下させているかを高齢者医療の現場で嫌というほど経験しました。今回はこのような旧態依然としている医療の概念について再定義をしたいと思います。

 「医療はアートである」は古代ギリシャ時代に医聖と言われたヒポクラテス(紀元前460~370年)の言葉であるが、そのような伝統的な西洋医学に対して、20世紀になって科学技術が次々と導入され、「医療はサイエンス」へと変容しました。 病気への恐怖心から「科学的な医療」「機械を駆使した医療」に対する素朴な崇拝・信仰にも似た状態は、1960年代まで続きました。ところが、1960年代以降、医療の効果を否定的に捉える論文が続々と出され、医療がむしろ人間に対して健康被害を与えているのではないかという主張がみられるようになってきました。

 1971年、アメリカ公衆衛生学会会長は、衛生統計を分析した結果として、「現代医学の感染症予防措置や治療が、人々の平均寿命に寄与したなどと思い上がるのは全く根拠が無い。医学的な措置・治療ではなく、むしろ環境や栄養の改善のほうが大きな役割を果たしたのである」と断じています。また、1973年にイスラエルで医師のストライキが決行された時には、医師のストライキの期間中、人々の死亡率が半減し、1976年には、コロンビアでも、医師たちが52日間のストライキを行い、救急医療以外はいっさいの治療を行わなかったところ、ストライキの期間中、死亡率が35%低下したといいます。同年、アメリカ合衆国のロサンゼルスでも医者らがストライキを行ったとき時は、死亡率が18%低下し、ストライキの期間中、手術の件数は60%減少していました。そして、ストライキをしていた医師らが医療活動を再開すると、死亡率がストライキ以前と同じ水準に悪化しました。

 「医師のやっていることのかなりの部分が、人を死に至らしめる行為なのである」と警告し、医師らが医療という名目のもとで組織的に大量の人間破壊(大量殺人)を行っているのではないかと指摘して、それを医療による大量殺戮と呼ぶ学者まで出現するありさまです。「現代の医学は健康改善にまったく役立っていないばかりか、むしろ病人をつくり出すことに加担しており、人々をひたすら医療に依存させるだけである」と警告し、「医原病」という概念を紹介した研究者まで現れました。

 1977年、世界最高峰の医学誌The New England Journal of Medicineは、現代医療が人々の疾病の治療に一体どのような役割を果たしているかを分析・検討し、次のような結果を得て発表しています。 すなわち、医療によって、疾患の予後が好転または治癒したケースがわずか11%だったのに対して、疾患の予後に効果がなかったケースが80%にも及び、医療によって、かえって疾患の予後が悪化したケースが9%あったと超一流の医学誌上で披露しています。

  このような医療の実態の指摘と、その改善を提唱する社会医学者と公衆衛生専門家による提言と努力により、1984年の世界保健機関(WHO)による医療の再設定が提唱され、保健部門に携わる人々に対して、臨床的治療的業務を果たす責任から離れ、健康づくりへ向かうよう呼びかけました。

 日常的に高頻度で遭遇する疾患や有病率の高い疾患のことをコモンディジーズといいますが、医学部という医師養成専門学校で学び、市中の病院で研鑽し臨床経験を積み重ねた医師であればだれでも、これらのコモンディジーズに対して標準的な治療を提供することは医師のプロフェッショナリズムとしては当然のことであり、何も自慢することではありません。医師としての診療技術・治療技術を磨かないで漫然と治療を続けることに対して、最近はクリニカル・イナーシャ(臨床的惰性)といって批判の対象となっています。上記に示したこれまでの医療に対する批判的な論調の中から再設定・再定義された医療のあるべき姿として、私は新たな医療を以下のように定義し新しい風を吹かせたいと考えています。

 「医療は投資である」、すなわち、医師にとって目の前の患者さんを治療して苦痛を取ってあげるのは当たり前のこととして、その先の健康寿命の延伸を目指して、将来の健康維持・増進に対して、資源(食事、運動、治療薬、ワクチンなど)の投資の仕方を個別にアドバイスする健康投資コンサルタントの側面が医師にはあると考えます。Reactive(事後措置的)な医療からProactive(先見的)な医療への変換を啓蒙し模索しているところです。

 この具体的な内容については、次回以降のDr.Kの挑戦で紹介してゆく予定である。