Dr.Kの視点(創刊号)歩くことは人間にとって最良の薬

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歩くことは人間にとって最良の薬

 筋肉を十分に使っている人は、病気にかかりにくく、いつまでも若々しい。歩くことは人間にとって最良の薬である。

 これは、「医学の父」、「医聖」、「疫学の祖」などと呼ばれ、医学を原始的な迷信や呪術から切り離し、臨床と観察を重んじる経験科学へと発展させた古代ギリシアの医学者ヒポクラテスの言葉であるが、当院受診の患者さんにはパワーポイントで作成したプリントをお渡ししている。有効な薬がなかった、今から約2500年も前のことだから無理もないことだが、現在の生活習慣病が蔓延した現代に警鐘を鳴らす格言であると考える。

 このたび、2016年までの国民健康・栄養調査における身体活動量が報告され、残念ながら2013年以降、歩数が増加しているわけではないことが示されました(1)。

 1995年当時、8,000歩弱だった男性の1日歩数は2013年時で7,500歩程度、2016年においては7,000歩強となっています。1日の歩数が1万歩以上の人の割合も1995年当時は30%弱だったものが、2013年時で20%強となり、2016年には20%を下回っています。逆に1日の歩数が5,000歩未満の人の比率は、1995年当時は30%弱であったが、2013年には30%台半ば、2016年には40%弱まで増加しています。すなわち、日本人はどんどん動かなくなっているのである。車社会を反映して駐車場までの往復の歩行くらいで、運転中はアクセルとブレーキを操作することくらいしか、下肢の運動をしなくなった結果も大きな要因を考える。AI(人工知能)を駆使した自動運転の車社会が到来するが、人間は便利さと引き換えに筋肉を退化させ、認知機能の低下をも加速させるかもしれない。このことに関しては、続報を予定しているので期待してください。

 歩かない生活、座りがちな生活を欧米では、Sedentary Bihaviourといって、疾病予防に対して様々なネガティブな報告がされています。

 1日の中でじっと座っている時間(座位時間)が長い人は、たとえ定期的な運動習慣があったとしても、座位時間が短い人よりも総死亡リスクが高いということは欧米では常識になっています。過去に実施されたコホート研究などのシステマティックレビューとメタアナリシスから、座位時間は身体活動量とは無関係に、総死亡や2型糖尿病、心血管疾患、癌の罹患リスクを高めることが明らかになっています(2)。

 これに対して、座り続ける代わりに、1日30分でも軽い運動を行っていた人は、そうでない人に比べて早期死亡リスクが17%低いことが分かりました。また、運動の強度を高めると、より大きなベネフィットが得られることも明らかになった。座っているよりも中強度の運動を1日30分行うと、早期死亡リスクは35%低減することが示されています(3)。

 座りがちな生活が認知症発症につながる危険性についても諸説言われています。運動をすることが認知症の発症と進行の予防因子であり、逆に運動をしないことは危険因子であるという疫学的な調査結果は、かなり以前から数多くあります(4)。

 さらに運動には、脳の神経細胞を新生させる物質(BDNF)を増やす作用があることもわかってきた。このBDNFという物質は脳の記憶中枢である海馬に最も多く存在し、神経細胞の成長や記憶、脳のネットワークに関与する重要な働きをする。

 また大腿部などの筋力を維持することも非常に重要である。コツコツと筋肉を使うことが、認知症発症や転倒による骨折、その後の寝たきりを防ぎ、健康的な老後に直結すると考えます。

 名古屋市では令和2年1月1日から、65歳以上の希望者を対象に「もの忘れ検診」が開始される。認知症は早期に診断・治療することで進行を遅らせることが可能であることから、検診の実施により、認知症の早期発見・早期治療が推進されることを期待したい。当院も協力医療機関に登録してあるので、積極的に取り組んでいくようにすでに体制は整っています。

 この検診により認知症の疑いが強い受診者はより高次の医療機関に紹介することになるが、5年間高齢者医療に関わってきた臨床経験(ポリファーマシー、せん妄等に対する抗精神病薬の使用などの苦い経験)から、当院では頭書のヒポクラテスの言葉を掲げて、薬物に極力依存しない非薬物治療(食事と運動)に積極的に投資するようアドバイスしてゆく予定である。詳細は続報で順次披露してゆく予定なので期待してください。

文献: (1)Med Sci Sports Exerc  2019; 51:1852-1859

    (2)Annals of Internal Medicine誌2015年1月20日号

    (3)American Journal of Epidemiology, Volume 188, Issue 3, March 2019

    (4)N Engl J Med 348: 2508-2516 (2003)