Dr.Kの視点(第2回)一歩立ち止まって賢明な選択をしよう

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Choosing Wisely

 当クリニックには、胃透視検査やCT検査などの高度な検査機器はありません。負け惜しみではないですが、もともと導入する意思は全くありませんでした。とはいっても、勤務医として働いていた時は、上記検査の意義やその検査から得られる貴重な情報の恩恵にどっぷりと浴していた自分がいたのは紛れもない事実です。しかし、臨床診断から必要性を考えて慎重に検査オーダーをしていたつもりなのですが、異常なしの検査報告書を見るたびに、患者さんに余計な心配を掛け、過剰な医療被曝をさせてしまったことに対して、非常に罪深いものを感じていました。

 クリニック開設に際して、受診者の利益を最優先に最先端の治療を提供することを考えましたが、被曝の少ない検査にしようと考え、最新鋭の超音波検査(レントゲン被曝なし)、デジタルの単純レントゲン装置、骨密度検査装置+体組成検査装置(レントゲン室に設置してありますが、被曝量は胸部レントゲン撮影の1/40、頭部CT検査の1/400、腹部CT検査の1/2000、胃透視検査の1/4000から1/8000(検査時間による)、PET-CT検査の1/50000と言われています)などを導入しました。胃透視検査や胃カメラ検査はできないので、代わりに採血によるABC検診(採血による胃がんリスク層別化:自由診療で費用負担4000円程度)を採用しています。このような医療機器導入の経緯に大きく影響した考え方について紹介します。

 最近、Choosing Wisely(チュージング・ワイズリー)という言葉がしきりに耳に入ってきます。これは2012年、米国内科専門医認定機構財団(ABIM Foundation)が始めたキャンペーンですが、ざっくり言えば、「科学的根拠に乏しいにもかかわらず現実に実施されている過剰な医療行為を科学的根拠に基づいた医療(Evidence-Based Medicine: EBM)の観点から見直すことを勧告する活動」と考えていただいて差支えないと思います。

 アメリカ発祥のこのキャンペーンは、ここ2~3年、急速に世界的な広がりを見せています。つい惰性に流されて過剰な医療に傾きがちな現状に対して、「一歩立ち止まって考え直そう」というのが、Choosing Wiselyキャンペーンの原点です。世界最高峰の医学雑誌であるニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌(NEJM)や米国医師会雑誌(JAMA)が誌面で取り上げるなど、米国内外の医療関係者の注目が集まっています。

 医療現場でルーチンに行われている検査の中には、有益性が乏しいばかりか、中には必ずしも必要のない身体的・精神的・金銭的な負担を患者さんに強いるものもあります。保険証1枚で、いつでもどこでも医療機関を受診できるわが国は、診察や検査の頻度が諸外国に比べて高いと報告されています。そのフリーアクセスが患者の健康維持に大きく貢献していることは認めないといけない事実ですが、そのような医療制度下で、必ずしも必要のない検査や治療が患者に不利益を与えている可能性はないでしょうか。

 例えば米国内科学会は、「無症候性で冠動脈疾患の低リスク患者に対する運動負荷心電図によるスクリーニング検査は行わない」「非特異的な腰痛に対する画像検査は行わない」などといった5つの提言を掲げています。米国小児科学会は、「明らかなウイルス性疾患(副鼻腔炎、咽頭炎、気管支炎、細気管支炎)に対して抗菌薬は使うべきでない。ウイルス性疾患への不必要な抗菌薬投与は、薬剤耐性化を招いたり、医療費や有害事象の増加を引き起こす」と、抗菌薬の適正使用を呼び掛けています。

 高度な医療技術を実際の患者さんに臨床応用するに当たっては、臨床研究から得られた知見や根拠を重視すべきとするEBM(Evidence-Based Medicine)の考え方が1990年代に広まりました。ここへきてエビデンスがないのに漫然と習慣的に行われている医療についても積極的に注意喚起していこうというのがChoosing Wiselyの着眼点および出発点です。「その検査はとても高度で様々な情報が得られるが、患者さんにとってあまりにも負担が大きくて無駄ではないか」と常に問い掛けるのもEBMの今日的実践の形なのです。

 このようにして始まったChoosing Wiselyキャンペーンにとって、賢明に選択することで「高価値医療:High Value Careを実現すること」がキーワードとなっています。価値とは、「アウトカム/コスト」と定義されますが、コストには直接費用だけでなく、検査・治療に伴う偶発的な有害事象による身体的および心理的損失も含まれています。つまり、高価値医療を実現するためには、高いアウトカムを達成するだけでなく、そうした有害事象を含むコストを減らすことが必要となります。 Choosing Wiselyキャンペーンの最終目標は、患者さんが価値ある高い価値の医療を受けられるように医療従事者と患者さんの対話を促し、意思決定を共有すること(Shared Decision Making)にあります。

 目の前の患者さんに対し、医療従事者が過剰な医療行為を行ってしまう背景にある心情として、(1)「少しでも不安を取り除きたい」という患者の要望に応えたい、(2)新たに登場した検査や治療方法に期待している、(3)何もしないよりはましだろう、(4)今までその方法でやってきた、(5)行わなかったことにより罪を問われるのを避けたい、などの心情が考えられます。Choosing Wiselyキャンペーンで示された各学会の提言は、「この患者にとって、この医療行為は本当に必要なのか」と医療従事者が自問自答するきっかけとなり、過剰医療を踏みとどまらせるためのよりどころとなると考えられます。

 2015年版のChoosing Wiselyキャンペーンでは、各国でMRI・CT検査、抗菌薬やベンゾジアゼピン系薬の適正使用が注目されていることについて言及しています。日本では、近年、特に高齢者に対する多剤併用(ポリファーマシー)や、抗菌薬の過剰な使用について注目が集まっています。日本は人口100万人当たりのCTスキャン・MRIユニットの保有台数が世界一です。過剰医療による有害事象を回避することはもちろん、膨張し続ける医療費をできるだけ抑えるためにも、国民と医療従事者のそれぞれが、当事者意識を持って、できることをすべき時に来ていると考えます。

 「急性虫垂炎を疑ったら真っ先にCT検査をする」「患者が急性の腰痛を訴えたときは迷わずX線検査、脊椎のMRI検査をする」。救急医療のような極度の緊張を強いられ、適切・正確・迅速な判断を要求される修羅場と化した医療現場では「神様、仏様、CT様」と言われるように、高度な検査は絶大な威力を発揮し、医療訴訟のリスクを抱えた瀬戸際の救急医たちを救ってくれます。勤務医として従事していた時に、頭痛を主訴の高齢者の新患担当時に、問診・神経学的検査を重ねて緊急性はないと判断したが、念のために頭部CT検査を実施したところ、帰ってきたCT画像に皮質下出血が歴然と存在するのをみて、自分の医師としての診断能力の低さを恥じ入るとともに、CT検査に救われたことがあります。

 米国に比べて患者の費用負担が少なく、医師に言われるままに検査を受けてしまいがちな日本でこそ、こうした取り組みが必要だと考えます。もちろん、米国では医療に掛かる費用が日本よりも高額なため、患者の不利益のうち費用負担が重視されている可能性もあります。そうした事情も踏まえて勧告の内容を理解する必要はあるが、現場に重要な判断材料をもたらすことに変わりはないでしょう。昨今の医療現場では、検査前に診断の確率を上げる努力をせず、安易に検査に頼る風潮があるが、それが患者さんに不利益を及ぼし得ることを忘れがちになります。

 日本の総合診療指導医の勉強会「ジェネラリスト教育コンソーシアム」が国内で初めて発表した、「5つのリスト」について紹介します。その内容は、(1)健康で無症状の人々に対してPET-CT検査による癌検診プログラムを推奨しない、(2)健康で無症状の人々に対して血清CEAなどの腫瘍マーカーによる癌検診を推奨しない、(3)健康で無症状の人々に対してMRI検査による脳ドック検査を推奨しない、(4)自然軽快するような非特異的な腹痛でのルーチンの腹部CT検査を推奨しない、(5)臨床的に適用のないルーチンの尿道カテーテル留置を推奨しない──というもので、5つのうち4つが検査に関するメッセージだ。Choosing Wiselyのリストの中でも検査に関する提言は最も多く、約200項目に上ります。

 EBMという概念はとても重要ですが、独り歩きして新薬や新治療法のプロモーションに転用され、人間ドックなどにおいて保険外で行われている検査の有効性と安全性、さらには高齢者における多剤服用(ポリファーマシー)などに悪用されているのが現状であり、これが週刊誌や経済誌上で医療について批判的論調で語られる記事につながっていると思われます。

 患者さんにとっての不利益と、その判断基準を考えた場合、コストや侵襲性は非常に理解しやすいが、「過剰検査や過剰診断によって患者さんが受けるストレス」という側面を忘れてはなりません。例えば、腫瘍マーカーやHIVマーカーによるスクリーニング検査で「疑陽性」「要精検」という結果が出ても、その後の精密検査で陰性と判明する例は極めて多い。検査結果が出るまでの間に患者が受ける心理的プレッシャーは相当なものであると予想され、検査をしなければ、そもそも受ける必要もないストレスで、医師が独善に走ってしまって軽視しがちな患者さんの受ける不利益の典型例と考えられます。今後は陽性的中率を十分に加味して、スクリーニングを行うべき集団と行うべきではない集団を明確に区別する必要があると考えます。

 米国のChoosing Wiselyのリストの1つに、「検査や治療を受ける前に医師に尋ねる5つの質問」がある。

(1)その検査や治療は今の私に本当に必要ですか?

(2)その検査や治療にはどのようなリスクや副作用がありますか?

(3)もっとシンプルで安全な検査・治療はありませんか?

(4)もしもその検査や処置を受けなかった場合私はどうなりますか?

(5)それはどれくらいの費用がかかりますか? 医療保険は適用されますか?

 Choosing Wiselyキャンペーンは「無駄な医療」を声高に主張するものではなく、エビデンスを基に推奨しないことを明示し、医療者と患者のコミュニケーションを促すためのものと位置付けられています。Choosing Wiselyは、医療者と患者が対話を通じて、エビデンスがあり患者にとって真に必要で、かつ副作用の少ない医療(検査・治療・処置)の「賢明な選択」を目指す国際的なキャンペーン活動と捉えていただければよろしいかと思います。

 我が国では国民医療費が40兆円を超えて伸び続けており、医療保険制度の持続性に対する懸念が高まっています。医療費高騰のかなりの部分を過剰治療や医療連携のミスなど「過剰医療」が占めており、その割合は低く見積もっても医療費全体の20%を超えるとの報告もある。また昨今、病院勤務医の不足による医師の長時間労働や過労も問題視されており、高齢化に伴い今後ますます増加する検査や治療の件数を放置することは、医療サービスの低下や医療ミスの増加を招くリスクをはらんでいます。このような状況に対して医療不信を募らせる患者も少なくなく、過剰な医療を見直そうという国際的な機運は、我が国でも歓迎すべきことだと考えます。

 Choosing Wiselyキャンペーンにより、国際的に機運が高まりつつある「高価値医療」あるいは「過不足ない医療」を実地臨床に取り入れる上で「意思決定の共有(shared decision making)」が重要になってきています。すなわち医療を提供する側、医療を受ける側が一緒に考え、一緒に意思決定の結論を出すという考え方が非常に重要であり、従来のインフォームド・コンセントの延長線上から一歩進んで、医療業界のコミュニケーションのあり方を今一度考え直す必要があるのではないでしょうか。

  • インフォームド・コンセント(Informed Consent)

「医師と患者との十分な情報を得た(伝えられた)上での合意」を意味する概念

 医師が説明をし、同意を得ること。 特に、医療行為(投薬・手術・検査など)や治験などの対象者(患者や被験者)が、治療や臨床試験・治験の内容についてよく説明を受け十分理解した上で(Informed)、対象者が自らの自由意志に基づいて医療従事者と方針において合意する(Consent)ことである(単なる「同意」だけでなく、説明を受けた上で治療を拒否することもインフォームド・コンセントに含まれる)。