Dr.Kの視点(第4回)ワクチン忌避に対する考察

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ワクチン忌避がパンデミック

 前回ワクチンの基本情報や定期接種の効果に関する米国研究製薬工業協会(PhRMA)発行の「ワクチンファクトブック」とワクチン分野の世界的な権威として知られる米ペンシルバニア大のスタンレー・プロトキン名誉教授の教科書(Plotkin’s Vaccines, 7e、1720ページに及ぶワクチン学のバイブル)を根拠として、ワクチンの集団免疫効果やコクーニング概念について紹介しました。今回はワクチンを取り巻く、世界的に憂慮されている大きな混乱について紹介します。

 私は医師を離れた個人の立場としては、ワクチンの持つ集団防御効果・集団免疫効果を最大限引き出すためにワクチン推進派です。自らが積極的にワクチンを接種して、接種できない人たちの感染症防護の盾になることができ、その人たちの疾患発症(崖下に落ちる事態)のリスクを減らして医療従事者の疲弊防止、最終的には医療崩壊防止の一助になればと考えているからです。3月1日から補助の対象となる帯状疱疹予防ワクチンを手始めに接種し、65歳になったら真っ先に肺炎球菌ワクチン(1年の間をあけて2種類ともに)を接種、自分だけでなく大切な人の中咽頭癌や肛門癌のリスク減らすためにHPVワクチン接種を考えています。ただし医師としての立場では、忸怩たる思いですが、接種対象者の意思決定プロセスに対する情報提供者にとどめるべきと考えています。しかし、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」という医師法第一条の条文を遵守するためにも、フェイクではなくファクトな情報を発信することを常に念頭に置いています。

 日本でも麻疹が大流行して年間数百人が亡くなっていた時代であれば、ワクチン接種は当然のように受け止められていました。それがワクチンの普及によって流行がなくなると、因果関係の認められない乳幼児の突然死や自閉症との関連を心配して、あるいはただ単に面倒くさがって接種させない親たちが出てきています。そうなるとまた突然に麻疹が流行して、死亡したり重い後遺症を残したりする人々も出てくることになります。有効性と安全性が確認されたワクチンをほとんどの人々が接種することによって、自らを守るだけでなく、自らを守ることの積み重ねで生み出される集団免疫効果によって感染症の蔓延を防ぎ、共同社会全体を守るといった意識が国民に定着するように地道な取り組みを進める必要があります。

 ワクチンの有効性・安全性に疑いを持つ人が接種を控える動き(ワクチン忌避)が世界的に広がりを見せています。世界保健機関(WHO)は2019年に発表した「世界の健康に対する10の脅威」の1つとして「ワクチン忌避」を挙げています。日本においてもHPVワクチンの接種推奨が停止され、再開を求める医療者の声にもかかわらずいまだ果たされていない、等の現状があります。

 ある自治体における予防接種歴と百日咳に罹患した児の年齢分布を示すデータを見たところ、2~5歳と年齢が上がっても接種歴の無い児が含まれていました。ワクチンを受けさせない方針の保護者のコミュニティーができ、流行の一部となった疑いがあるいう懸念すべき状況が報告されています。このような現状を憂慮して、アメリカの救急医療現場を舞台にした医療ドラマ「シカゴ・メッド」では次のようなシーンが演出されています。シーズン1第11話「感染」のなかで、小学生のわが子がHib感染症に罹患して入院となったのですが、医師たちの説得にもかかわらず両親はHibワクチンの弟への接種を頑なに拒否します。医師たちは小学校の接触者へのワクチン接種に赴くのですが、そこでHib感染症に罹患した児童の担任の女性教師がHib感染症による急性喉頭蓋炎を発症して気道が閉塞し呼吸停止状態に陥ります。その場にいた救急救命医は、医療機器の何もない教育現場でとっさに鉛筆立てに差してあったハサミを取り出して、その女性教師の前頸部気管軟骨にそのハサミを穿刺挿入し呼吸路を確保して救急要請するという場面があります。救急外来に戻った医師たちが両親に事のすべてを話して、弟への再度ワクチン接種をお願いしたのですが、システムエンジニアである父親は「ワクチンは子供に本来備わっている免疫の仕組みを狂わせる」「医者は訳のわからない医療を押し付ける」だの独自の考えを披露するだけで押し問答になります。説得を諦めた主人公の医師は「周りの子供たちにワクチンを接種してもらって、その子たちの集団免疫でワクチンを接種しない自分の子供を守るつもりなんだろう」という捨て台詞を吐いてその場を立ち去ります。図星にされて返す言葉を失っている両親に対して女性医師は謝罪しますが、その場を立ち去った後でよくぞ言ってくれましたと男性医師を褒めたたえます。医療ドラマですが、アメリカではこのようなことはもはや日常の風景の一つなのでしょう。

 2019年に報告数が急増した麻疹(はしか)について「予防接種を受けていない10~20代の患者が30人以上出た、という事例は大きな衝撃を持って受け止められました。ワクチン接種率が90%を超える地域でも、ワクチンに否定的な医師に賛同する保護者のコミュニティーなどができ、未接種者が固まって居住しているなどの条件が揃えば、一定規模の流行(クラスター)を生みかねないという危機的状況です。  

 ワクチン忌避の動きは世界中で見られ、ブラジル、バルカン半島などで問題が顕在していることが報告されており、バルカン半島に位置するモンテネグロではワクチン反対派の運動で麻しん含有ワクチンの接種率が5割まで低下したという事例も報告されています。世界最高峰の科学誌Natureが、日本ではワクチン安全性への懸念が世界で最も高いレベルにあるとの風潮をニュース記事として取り上げるなど、日本は先進国の中でもワクチンを用いた取り組みが容易でないワクチン後進国としてレッテルが張られ注視されています。現在、新型コロナウイルス感染症対策で奔走されている厚生労働省や関係研究機関の方々には、米国のようにワクチン忌避に関する定量調査でデータを蓄積し、分析と対応を行っていくことを最優先の課題としてお願いしたいと思います。

 定期接種・任意接種の差はあるが、現在では国内で28種類のワクチンを受けられるようになり、海外との差を示すいわゆる「ワクチンギャップ」は数字の上では解消しつつあります。ワクチン忌避には歴史的・文化的背景があり、世界的に有効な手段は限定されると思いますが、その中で確実な有効性が示されている手段が『医療者への教育』であるといわれており、真のギャップをなくす手段であると考えます。

 米国疾病予防管理センター(CDC)ではACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)という外部の専門家集団と連携し、ワクチンに関連したエビデンスを検証し、ルール化する作業を常時行っています。ACIPの助言を基に決定したワクチンに関するルールは、全米の関係者・関係機関に通達され、患者からの問い合わせに対して全員が同じ回答ができることが信頼性につながっているといわれています。また、米国には小学校入学前にワクチン接種を促す「School Law」と呼ばれるルールがあり、接種させない保護者にはペナルティが課されるといいます。個人的にはこのような強制は個人に自由な意思決定に介入しすぎていると思いますが、そうでもしないと前進しないという危機感の表れかもしれません。

 麻疹(はしか)の世界的な再流行に直面している保健分野の専門家らは、ワクチン接種に対する抵抗感が、予防可能な病気のまん延を許しているとの懸念が高まる中、ワクチン忌避との闘いに本格的に取り組むよう世界の国々に呼び掛けています。予防接種を忌避する動きはまるで伝染病のように広まっていると、専門家らは警鐘を鳴らしています。

 WHOによると、麻疹(はしか)の患者数は2018年に300%の急増を示したということです。麻疹(はしか)は伝染力の強いウイルス感染症で、時に死亡に至る恐れもあります。かつてはほぼ根絶(Eradication)状態にあったはしかの再流行は、富裕国で高まっている反ワクチン運動とリンクしているようであり、今や世界の健康に対する重大な脅威として認識されている。ワクチンの安全性に関する誤った情報は「光のような速さで拡散している」と警告し、「(もはや)伝染性の病気そのもの」と述べています。WHOによると、ワクチンは年間約300万人の命を救っているという。「ワクチンは自閉症を引き起こさない。ワクチンは大人を形成するものだ」という立場である。

 ワクチンに反対する考え方は、主に西側諸国全体で支持者を集めているようです。特に米国では、はしかワクチンに自閉症を引き起こすリスクがあるとの医学的根拠のない主張がソーシャルメディア上で拡散したことから、さらに熱を帯びました。この主張が誤りであることは、20年前にすでに証明されているのに、米国では、このような「デマ情報」が原因で国内のワクチン接種率が低下している事態に危機感が示されています。

 近年、米国では麻疹(はしか)や流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、百日咳など、かつて大流行した子どもの感染症が再び流行するようになり、ワクチン接種をためらう親たちの存在が問題視されています。ソーシャルメディア上にはワクチンに反対する意見や情報が数多く見られますが、反ワクチン派の人たちがワクチン接種に対して批判的な考えを持つ理由は必ずしも一つではないことがアメリカでの研究を報告されています。

 その研究では、米ピッツバーグの小児科クリニックがFacebook上に公開したヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種を呼び掛けるある動画に対して、その後投稿された攻撃的なコメントを検証したものです。この動画は投稿から1カ月後に反ワクチン派の目に留まり、それから1週間もたたないうちに、投稿をバッシングするコメントが大量に寄せられました。コメントした人の89%は女性で、半数以上がトランプ政権の支持者だったが、民主党支持者も11%おり、思想的にリベラル派または保守派の一貫性はみられませんでした。さらに、コメントした人たちは、陰謀論者からワクチンの安全性に不安を抱いたり、ホメオパシーなどの代替医療に関心があったりする親までさまざまであることが分かりました。

 また、今回の分析から、これらの人たちがワクチン接種に批判的になった要因はさまざまであることも明らかになりました。例えば、科学者への不信感や、ワクチン接種の義務化により個人の自由が脅かされることへの不安感を示す人たちがいる一方で、政府や団体が国民から真実を隠そうと共謀していると信じる人もいました。例えば、ポリオウイルスは実際には存在しないと主張する人もいたと報告しています。

 その一方で、典型的な「ワクチン接種をためらう」親の特徴に一致する人たちも見られました。ワクチンの安全性について懸念を抱き、ワクチン接種は「モラルに反する行為」と考える人たちもいたほか、ワクチンに含まれる化学物質を避けるためにホメオパシー(同種療法)などの代替医療に関心を持っている人たちもいました。子どものワクチン接種をためらう理由の多様性を考慮し、それらに対応した情報を医師や公衆衛生当局が発信する必要性が示されたと結論しています。

 親がワクチン接種を躊躇し、疑問を持つのは当然のことだが、もし懸念を抱いているのなら、ソーシャルメディアではなくかかりつけ医が窓口になるべきであり、こうした親たちには「ワクチンは安全で有効だ」とただ漫然と伝えるのではなく、ワクチンに含まれている成分の具体的な働きについて説明することが勧められています。

 トランプ大統領の誕生やイギリスのブレグジット(EU脱退)など世界中で、そして日本でも、「反知性主義」と呼ばれる動きが無視できないものになっています。反ワクチン運動は、この反知性主義的なムーブメントの代表例として取りあげられることも多いようです。アメリカの医療ドラマの一場面で紹介したように「専門家づらした医者の言うことなんか信用できない」とばかりに、世界を覆いつつある、この反知性主義という潮流の一つとして反ワクチン運動を考えることも大切だと考えます。

 「反知性主義」とは、わかりやすく言えば「知性を売り物にする、いわゆる専門家の意見だけが尊重される「知性主義」はエリート的で反民主的であり、信用することができない。ネット全盛の時代では、検索エンジンやSNSなどで専門知識を持たない素人でも自分の意見を持つことができるのだから、素人の意見も、専門家の意見と同じように尊重されるべきだ」ということです。

 20世紀初頭まで、政治や知的活動への参加は情報を入手できる一部の特権階級に限られていましたが、その後の社会変化で門戸は大きく開かれました。それは人びとのリテラシーを高め、新たな啓蒙の時代を招来するはずだったのですが、今多くの人が、大量の知識へのアクセスをもちながら、あまり学ぼうとせず、各分野で専門家が蓄積してきた専門知を尊重しない時代を迎えています。

 ゆがんだ平等意識、民主主義のはき違え、自分の願望や信念に沿う情報だけを集めるという「確証バイアス」、都合の悪い事実をフェイクと呼び、ネット検索に基づく主張と専門家の見識を同じ土俵に乗せて天秤にかけている。何もかも意見の違いですますことはできない、正しいこともあれば間違ったこともあると反論すれば、「非民主的なエリート主義」のスティグマが押されてしまいます。このような思考過程では、正しい情報に基づいた議論で合意を形成することは難しく、結果的に民主主義による政治も機能しなくなってしまいます。

 その原因としては、大学教育のサービス業化による若者の知識レベルの低下、ネットによる知の浅薄化、商業主義メディアのミスリード、「反知性」を利用しようとする政治家などが挙げられると思いますが、無知を恥じない態度は、トランプ大統領やブレグジットに見るように、事実ではなく「感情」に訴えるポピュリズム政治を増長させる土壌となっています。その分野で何十年も研鑽を積んできた専門家に対し、素人がGoogle検索からたった数十分で仕入れた情報をもとに意見を述べるという事態が現出しています。こうなると「事実」も相対的なものになってしまい、ネットの世界はもはやそうなりつつありますが、ばらばらな自己主張のぶつけ合いに終始してしまいます。そして、都合の悪い事実はフェイクと切り捨てることになります。

 反HPVワクチンも含めて反ワクチン運動は、単なるボタンの掛け違い的な誤解で生じたものではなく、その根底には反知性・反専門家ムーブメントが厳然と存在します。したがって、それを知性的・理性的な方法で教え諭そう、啓蒙しようとしても、逆にかえって反発が強まることのほうが多いのが現状である。したがって、ワクチンを接種しなかったために被害をうけた人や家族・遺族、あるいは専門家以外のインフルエンサー(人気YouTuberやブロガー)によるワクチン・プロモーションの方が、専門家が啓蒙することよりも効果的な手法と考えられるかもしれません。